「クルマ文化防衛論」

劣化するクルマ文化

時代が変わろうとも、結局のところクルマに求められるものは「品格」なんだと思う。「ブランド力」とかいうボンヤリとした言い回しがあるけども、ブランド名などはあくまで補完的な意味付けでしかない。大人の男ならば自らが身につけるスーツ、カバン、靴、時計を選ぶ時のような明確な基準を持ってクルマを選ぶべきだ。しかしながら、どう考えても「あり得ない」スーツ、カバン、靴、時計を身につけて家の外を歩くオッサンがとても多いように、「あり得ない」クルマ・・・ってのが多くなってきている。

それあり得ない・・・

ジョン=ロブやクロケット&ジョーンズに表面がガラスレザーだったり、野暮ったいゴムソールが、ブリオーニやティモシー=エベレストにウール50/ポリ50の合紡繊維が、ロレックスやオーデマピゲにクオーツ・ムーブメントが使われることなんてまず考えられない。・・・しかしハイクオリティを謳う乗用車では、しばしば摩訶不思議な「部品」が使われている。世界各地の契約工場で生産するために、外部供給のエンジン、ミッション、AWDシステムを組み合わせただけの設計となったクルマを選ぶオッサンをよく見かける。そういう人に限って平気でクルマを語り出すから始末が悪い。