なぜMAZDAは選ばれるのか?

2020年6月 記す




アドバイス不要な人

時々「今度クルマ買うんだけど、今だったら何がいいの?」などと訊かれる。売れているのはN-BOX、プリウス、カローラといったところではあるが、そもそもその手のクルマを選ぶ人は、おそらくどんなクルマでもだいたい納得してしまうのではないかと勝手に思っている。今更にヒット車のネガティブキャンペーンみたいな込み入ったアドバイスは不要だ。

典型的なサラリーマン像!?

見た目で人を判断してはいけないとは思うのだけど、クルマの相談をしてきた相手の服装によってアドバイスの内容を180度変えたりする。ビジネススタイルだったとして、「量販店スーツ」「合紡シャツ」「ラバーソール」「クオーツ」の4つが完璧に揃った「無双」状態の人には、ただただ全面降伏してN-BOXかトヨタ車、あるいは輸入車で上位の売り上げを誇るゴルフ、3シリーズ、Cクラスを賢く購入することを勧める。




仕事で着てはいけないもの

自分自身もむやみに「こだわり」を熱っぽく語りたいとは思わないし、ましてや自分のこだわりを他人に強制するなど実に浅ましいことだけども、とりあえず人生で一度たりとも「量販店スーツ」というものを買ったことも所有したこともない。15歳くらいの頃に読んだ本の「量販店スーツを着る人間が成功できる確率は極めて低い」という非常にメッセージ性の強い一節に出会って以来、ずっと避けている。

別に悪くはないけどさ・・・

19800、29800、49800くらいの3プライスで設定されている量販店スーツは、実際に見てみると質感が特段に悪いということはない。しかし同じく特段に「選ぶ理由もない」のだ。スーツとは本来、買った時、着る時(仕事へ行く前も帰宅後も)、クリーニングから戻った時、あらゆる時間において「ワクワク」させてくれるものだと思っている。それが良質な仕事をする上でとても大事だと実感していて、残念ながら量販店スーツで同じことを望むのは難しい。

仕事へのこだわり

「合紡シャツ」も同様に無理だ。私自身が他者をジャッジする時の基準にしてしまうくらいだから、それを着て仕事など落ち着かない。当たり前だけど、仕事着は部屋着とは根本的に違う。最優先されるべきは一緒に仕事をする人への敬意や配慮である。可能な限り「こだわった」身嗜みが仕事スキルとして要求されるものじゃないだろうか!? 周囲に不快感を押し付けつつ、我がもの顔で社内を闊歩するオッサンが今でものさばっている会社は、もはや末期だと思うが・・・。




仕事で履いてはいけないもの

ビジネスシューズを選ぶのはかなり大変。どんなに良質なスーツを着ていても、靴がダメなら全てが無意味。わかっている人にとって絶対に妥協できない点は「ソール」の素材だろう。「外羽」「内羽」の違いにも強烈にこだわる人もいるかも。いかなる理由であっても「ラバーソール」はありえない(と思っている)。晴れの日はレザーソール、雨が降りそうな日はダイナイトソールの使い分けが基本。

見られている腕時計

腕時計も「メカニカル」であることが絶対的なスタートラインなので、もしファッションブランドのものを選ぶとしたら「グッチ」「シャネル」「ラルフローレン」以外は論外。結構な頻度で「ポー○=ス○ス」や「ア○マーニ」などのクオーツウォッチを見かける。運針(スイープかステップか)で機械式かクオーツかは簡単に見抜くことができる。

クルマも同じ

クルマの選び方も基本的にはビジネスファッションと同じで、かなり明確な「選ぶ基準」がある。「ラバーソール」や「クオーツ」に相当する要素が、「CVT」「HV」「低回転ターボ」だったりする。悲しいことに日本市場で正規販売される総合自動車メーカーを、この基準でソートすると、「MAZDA」「PORSCHE」「JEEP」以外のメーカーは、ラインナップの大部分が除外されてしまう。




業種によっては仕事以前の問題?

失礼な話かもしれないが、笑ってしまうくらい滑稽なビジネススタイルは、そのまま仕事への意識の低さと言い換えてもいい。セクハラやパワハラなど言語道断だけども、勤務時間中にも関わらず周囲に配慮すらできないような非生産的な人々が、職場を自分の論理で闊歩していい時代はとっくに終わった。妥協ありきなビジネススタイルは、結局は妥協に溢れた仕事しか生まない。

MAZDAはサブスクをやらない!?

同じように妥協ありきなクルマ作りは、さらなるコモディティ化を加速させ、感動を伴わない製品には、もはや「購入」「維持」といった経費をかけることがナンセンスな時代である。言い換えれば「MAZDA」「PORSCHE」「JEEP」以外のブランドの大部分のモデルは、レンタカー、リース、サブスクでの利用に適した消耗品に近づいている。犬や猫をペットとして飼うことと、アイボをサブスクで利用することの間は果てしなく大きな差があるけど、クルマにも同じことが言える。あっという間にCクラスやMINIのサブスクが溢れ、トヨタもKINTOに力を入れている・・・。

「選ぶ」楽しさが無くなる!?

PORSCHEやJEEPよりもはるかに多くの車種や販売台数を誇るMAZDAが無くなったら、それは「クルマ文化の死」を意味する。MAZDAが無くなると悲しい・・・という次元の話ではなくて、その瞬間に日本メーカーが全滅したことを意味するのだから。ユ○クロが栄え、ダーバンが滅びることは、ある意味で自然の摂理なのかもしれないが、服装及び文化形式において良い意味で「分断」されていた日本社会が、「差別化」すら生み出せない全階層に渡って貧しい社会へと「スラム化」していく流れを止めることはできないものか? MAZDA、三陽商会あたりがどれだけ踏ん張れるか・・・。




この投稿は以下の新刊の要約です。