[MAZDA] ブランドストーリーの「伏線回収」は?

MAZDAが欧州メーカーを超えた日

リーマンショック(2008年)で世界中の自動車メーカーは方針転換を余儀なくされたけど、MAZDAだとリーマン前開発が「第五世代」で、リーマン後開発が「第六世代」となる。欧州でも中国でも大絶賛されたのが「第五世代」で、フォード傘下で開発資源が豊富ってのもあったようだけど、この世代に開発された基幹モデルは全て欧州COTYファイナリストになっていて(GGアテンザ、BKアクセラ、DEデミオ)、MAZDAの他の世代、他の日本メーカーはおろか、欧州メーカーでもここまで同時期に徹底して評価されたブランドはないと思う。さらにこの世代のシャシーを使っているボルボV40やレンジローバー・イヴォークは日本でも大ヒットしている。

東洋のジャガー

これだけ実績を上げているのだけど日本では知られていない。ラブ・カーズTVの河口さんが藤原副社長をゲストに迎えたトーク配信で、MAZDAの最高益が2005年である事すら知らない様子だった。AJAJの連中ですらほとんどわかってないのだから(わかってないのに批判すんな!!)、ヤフコメのアンチが知っているはずもない。なぜMAZDA車が高所得国でウケるのか!?第五世代のMAZDAは明らかにスペック面で優れていた、決してMAZDAだけが凄いわけではなく、ホンダや三菱が築いたハイスペック路線に、MAZDAが上手く乗ったってのが真相なんだけども、とにかく欧州ではこの3社の人気は底堅い。MAZDAに関しては60年代の四輪車創業時からこだわってきたデザインだったり、専用設計スポーツカーをずっと作り続ける(総合自動車メーカーではGMとMAZDAだけ)など「東洋のジャガー」と言われた神秘性が相まって人気が出た。ロータリーエンジンがまだ現役だったのもブランド力を高めた。