HONDA イノベーティブな「開発縛り」

ホンダが作った「走り」の文化

ホンダは長らく北米市場による「寵愛」を推進力として、トヨタの背中を追ってきた。1970年代にCVCCエンジン(当時ナンバー1の環境対応性能)で世界に存在を認知される。1980年代には北米生産を真っ先に決断し、常識を超えたスポーツセダン(アコード)で北米や欧州の自動車メーカーを震撼させた。1990年代にはF1での活躍と新たなスーパースポーツの開発で、あのイタリアの名門ブランドをも一気に超えそうな勢いを見せる。それだけの成功が続けば他社の追従は当然のことで、80年代のホンダのサス機構と同等のものが、トヨタ、日産、マツダが1990年代に登場する。あのBMW5シリーズが同等のものを獲得したのが2010年になってからのことなので、ざっと四半世紀くらいはホンダが先行していることになる。

Vテックだけが有名

90年代にフェラーリの手組みエンジンを超えるべく(回転数などで)開発されたVテック(初搭載は1989年)は、各社から次々と開発された可変バルブタイミング機構の中で唯一広く名前が知れ渡っている。先行したのは三菱や日産(日立)だったようだが、とりあえず「シリウス」とか誰も知らない。自然吸気による高回転追求の為に可変バルタイを使っているのがVテックと、それに対抗したトヨタ(ヤマハ)のVVTL-iくらいしかない。大排気量モデルの燃費改善に使われた日産(日立)のEVCやBMWのバルブトロニックもその名は今ではほぼ知られていない。ポルシェ911ターボに同様のシステムである「バリオカム」(他社ライセンス)が搭載されたのは1999年になってからで、タイミング的にもVテックの人気を追従したようだ。90年代までのホンダの先進性はスポーティなモデルにおいて特に際立っていて、当時はどのメーカーよりも先端技術を「走り」が好きなユーザーのニーズにマッチさせることに長けていた。