小さな希望
個人所有の自動車は、「記号的」な意味が大きくなっている。日本市場でトヨタが独占供給するようになったら、少なくとも私はクルマの所有をやめる。他の人と同じクルマに300万円も払うのはバカバカしいし、あのメーカーのラインナップからクルマとしての何らかの価値を見出すことができない。トヨタの専有率がさらに上がれば、次々と日本市場から他社のモデルは撤退していくことだろう。そんな切羽詰まった中で、某AJAJライターから「独裁者」とか「FR&直6は完全に時代に逆行」とか言われている反逆ブランドには期待せずにはいられない。ずっと前からトヨタは他のブランドを全て締め出すことを意図してダンピングを繰り返している。多重債務者が増えてしまう世の中だから、そんなトヨタ車でも満足なのかもしれないが・・・。
500万円以上
「国民車」トヨタで満足しよう!!という考えが日本を覆うようになり30年以上続いているが、そんなカーライフに何かワクワクすることがあるだろうか!?クルマの良し悪しについてまともに語ることすらできないAJAJライター&日本のユーザーが多くなってきた感じだ。もはやカーメディアにまともなジャーナリズムや民意など期待すべくもない。金額の多寡がクルマの良し悪しというわけではないけども、少なくとも「500万円以上」のクルマに乗っている人々の「クルマ世論」は、トヨタばかりに縛られてはいないと思われる。当たり前のことだけど本体価格が500万円以上ならば選択肢は多くなり、それなりに自由にクルマが選べる。失礼だけど、トヨタに「選ばされている人々」とはクルマに対するあらゆる認識が変わってくるはず。