愚か者の選択!?
「SUVは愚か者の選択」と言い放つのは国沢さんに限った話ではない。還暦以上の世代のクルマ好きな方々からもしばしば異口同音に聞く話であり、ディーラーの担当者も同じようなことを言っている。国沢さんもMAZDAが嫌いというより、すっかりSUVブランドになったMAZDAの方針が好意的に受け入れられないのだろう。実際のところSUVは不完全であり、どんなメーカーであってもSUVのフォーマットで「完璧なクルマ」の領域は作れない。
今でこそSUVは自動車の基本形になりつつあるが、元々は「SUVは貴族のクルマ」だった。ゆったりと広いボデーに大排気量のエンジンを積むという設計は、単なる移動時間を豊かな空間に変える貴族的発想である。1955年にソ連のGAZ・M72も、1974年の初代ジープ・チェロキーも、ロードカーとは一線を画した特装車として登場した。貴族というより地方の豪族かもしれないが、いわゆるアッパー階級のクルマであった。
SUVを否定する論理
相対主義的に柔軟に考えれば、日本で使うにはやや大きいミドルSUVは、プリウスやアクアなどのエコカーとは対極に位置する存在だ。世界の自動車業界を黙らせる圧倒的な経済性こそが「正義」だと定義すれば、非HEVで10km/L程度の燃費で、鈍重に走るICEのミドルSUVは「愚か者の選択」と断罪されても仕方がない。「エコ」の追求ならHEVのコンパクトカー、「走り」の追求ならスポーツカーなのだから、理想を追求するならどちらかだ!!という観念は簡単には変わらないだろう。
2ペダルのHEVエコカーは都市部の至る所でカーシェアで提供されているので、わざわざ大きな負担で車両を所有する必要はない。そしてスポーツカーでダイレクトな走りを求めるのだったら、オートバイやロードバイクに乗ったらいい(MTのスポーツカーは別)。結局のところクルマを購入して存分に楽しむ人々は、少なからず自分自身を「貴族=愚か者」と捉え、複雑に絡む人生だったりライフスタイルだったりのメタファーとなり得るクルマを選んでいるというのが本音だろう。