カーメディアの健全化と衰退
批判が少なくなった背景として、「MAZDAは安物のポンコツ」だと信じている人が多かった団塊世代が、この10年で免許返納や物価高でクルマに余計な負担をする余裕が無くなったことで、カーメディアからも離れていったのではないかと想像している。資産家で余裕のある団塊世代もそれなりにいるだろうけど、豊かな人生を生きる人がネットに批判記事など書くはずもないし、ある程度の見識があれば、国沢さんのレビューがポジショントークであることを見抜くだろう。
もはや「マツダ地獄」の意味は知らないけど「残クレアルファード」は知っているという読者の方が多数派になっている。評論家、インフルエンサー、メディアのギグライターも、メーカーの広報に見つかると不都合が生じるから、このような差別的な表現は御法度になっている。そんな中でMAZDAだけでなく日産やホンダにも悪態をつく国沢さんは信用できるのかもしれない。一方でトヨタには噛み付かないので信用できないという見方もある。
乗り味が変わり過ぎて議論が止まった・・・
国沢さんはMAZDAの主力となる新型車の登場で、いつも通りの「プロレス」やろうぜ!!という意味で発売前からジャブを繰り出していたようだが、3代目となる新型CX-5の初期モデルとなるマイルドハイブリッドの全貌が明らかになると、ちょっと様子がおかしいことが判明した。コアなMAZDAユーザーを煽り立てる国沢さんの批判投稿に反論するMAZDA系インフルエンサーもいたが、肝心の新型CX-5が、アンチ(国沢支持派)やMAZDA信者の関心をよそにファミリー層の新規ユーザーに堅調に売れている。
MAZDAの乗り味こそが最高だと感じて指名買いしている信者に対して、国沢さんはMAZDAの足回り設計は素人レベルだと徹底的に批判する。これこそが「MAZDAプロレス」を演出するアウトラインなのだけど、新型CX-5では大きく乗り味を変えてきた。フォード傘下時代に、「世界で一番足回りに詳しいメーカー」を目指して精進してきたMAZDAの足回りは、2000年代にはVWゴルフを相手に欧州市場で高い評価を得るなどスポーティが基本だったが、新型CX-5の乗り味は正常進化とは言えない。