カーメディアのホンダ虐め
ホンダの四輪車経営は60年の歴史があるが、絶えずオールドメディアから容赦ない批判に晒されてきた。創業者の本田宗一郎や藤沢武夫も、ホンダがメディアの報道に苦しめられてきたことを著書で訴えている。2026年の現在もホンダ、日産、MAZDAへは、カーメディアにおいてはトヨタとはまるで違う扱いが目に余る。しかし現実にはホンダ、日産、MAZDAは新型車を出すたびに、着実に支持されてほとんどのモデルが成功を収めている。
クルマ単体で見ればホンダ、MAZDA、スバル、日産の各モデルは細部までよく考えて設計されている。レクサス、メルセデス、アウディ、ポルシェのようなプレミアムブランドのクルマと比較しても決して劣っていない。プレミアムブランドにはブランド全体が特別な魅力で覆われていると感じる人が少なくない。半世紀以上前に丸山眞男が指摘しているように、戦後になっても日本人のほとんどが「である」ことによる「承認」に惹かれ続けているからなのだろう。
「である」と「する」
「有名大学卒である」「JTCの正社員である」「東京23区に在住である」などをいくつも「である」を獲得することが、自分自身の価値を上げると信じる人が多い社会になっている。「元テレビ局員である」「元コンサルである」「元メガバンク勤務である」「元ヤクザである」みたいな肩書きでインフルエンサーやっている人がそこら中にいるが、彼らの動画コンテンツが面白いと感じることはほとんどない。
クルマが好きなので、レクサス、メルセデスにも良いクルマがあることを知っているが、日本社会に蔓延する「である」人間のイメージがチラつくのでプレミアムブランドは積極的に所有したいとは思わない。一方でホンダ、MAZDA、スバル、日産は、ユーザーが能動的に選ぶ「する」側の論理で選ばれるので、個人的にはとても気分良く購入できる。プレミアムブランドが合わない私のようなタイプは決してマイノリティではないと思っているので、今後もホンダ、MAZDA、スバル、日産は、まともな新車を出せば一定数は売れ続けると思う。